第3章:「老華僑・華人」と「新華僑・華人」
「老華僑」と「新華僑」
第2章では華僑の歴史について大きく3つの時期に分け解説しました。
第3章では、近現代における華僑の区分、「老華僑」「新華僑」についてお話します。
※本章は、何彬氏『在日老華僑・華人の老後 一横浜中華街を事例に一』、永井 智香子氏『「新華僑二世」のアイデンティティを探る』を参考にさせていただきます。
老華僑とは?
老華僑とは大まかな意味で言うと、近現代のうちの「初期の中国移民」のことを指します。
この区分、実は国によって微妙に異なるようです。
例えば、アメリカでの老華僑の位置づけは「1965年の移民法改正以前にアメリカへ移民した中国人」とされています。一方で、日本における老華僑は「第二次世界大戦以前に主に大陸から移民してきた中国人」とかつて定義されていました。国によって基準となる年が違うんですね。
さらに、日本での老華僑の位置づけは1980年ごろに変化し、1980年より前に来日した華僑のことを老華僑と呼ぶようになりました。
日本への老華僑移住の背景
日本へ老華僑と呼ばれる人々が移住してきた背景には、自由港(香港、広州、アモイなど)の開港により、前時代に比べて渡航がしやすくなったことがあります。
老華僑は日本へ居住している同族や同郷のツテを頼り、次々と同じ場所へやって来ました。これを連鎖移民と呼びます。彼らは同族・同郷の繋がりで互助組織を結成し、この組織が華僑たちの連帯感の強化や、故郷への帰属意識を強く持ち続けることに役立っていました。故郷に対して金銭的・物質的・精神的な援助を惜しまなかったのもこの世代の人たちです。
ちなみに、60年代末期までは、日本に居住する老華僑の有職者のうち、ほぼ三分の一が「三刀業」でした。「三刀業」とはすなわち、中華料理屋・散髪屋・服の仕立屋のことです。当時はこれら3業種の人が日本へ入国しやすかったため、専門スキルのある人が多く渡ってきたわけです。
新華僑とは?
では、老華僑に対し新華僑とはどのような人々なのでしょうか?
前掲した何彬氏の論文によると、新華僑とは1980年以降に日本へ移住した中国人であり、老華僑とは違って故郷から親戚を頼って出国するのでなく、ほとんどの人が都市で成功したエリートたちで、新たな環境を求めて海外に出て行くものだった、と述べられています。
中国では1949年以後、国民が自由に海外に行き来することに制限を加えていましたが、政治運動の終焉により1970年代末に海外渡航が解禁されました。80年代以降の来日者には出国前にすでに大学や修士課程などを卒業した高学歴者も少なくなく、同郷組織よりかは日本の大学や大学院と関わる人が多かったのです。そして彼らは学位を取り、日本社会の企業や研究・教育機関で職を得るか、友人間でベンチャー企業を起こしたりしました。
同族や同郷のつながりを必ずしも必要としない、と言う部分が老華僑と新華僑の大きな違いですね。
老華僑と新華僑 故郷への思い
老華僑と新華僑について、もうひとつ大きな違いを挙げるとすれば、それは「故郷に対する思い」ではないかと思います。
何彬氏は日本最大のチャイナタウンである横浜中華街を調査フィールドとし、老華僑の考えかたについてまとめています。
横浜中華街には、同郷組織や同人会などの組織が多数存在し、老華僑はその組織によってお互いに支え合いながら生活しています。中国系の高齢者は一般的に望郷や帰郷の思いを抱いている人が多いですが、日本国籍をとり華人となったこと、故郷に戻ることに不安を抱いていることなど、色々な理由で帰郷出来ないことが彼らにとって大きな悩みである、と何氏は述べています。
また、華僑には「葉落帰根」という、遺骨は祖先の眠る故郷の地に埋められねばならないという思想があり、かつては日本に仮埋葬された老華僑の遺骨を定期的に船で故郷へ運んでいたそうです。
ただ、老華僑の2世、3世になると、「葉落帰根」ではなく「落地生根」の考え方へ変わり、「現在生活する地(日本)に根を下ろす」として日本に埋葬されることがほとんどになりました。
一方、永井 智香子氏は新華僑の考え方に焦点を当て論稿をまとめています。
永井氏によると、新華僑一世は、中国籍を保っているか否かにかかわらず、祖国への文化的アイデンティティを持っており、この点では老華僑一世と変わりありません。しかし、新華僑二世の文化的アイデンティティと老華僑二世のそれとでは大きな違いがある、としています。
新華僑二世は老華僑二世に比べると、老華僑四、五世が持つような「日本人であり、中国人でもある」という複合的なアイデンティティを持つ人が多く見られます。
また、日本生まれ、あるいは幼いころ来日した場合は、日本の生活に慣れ、中国の言語や習慣を受け容れられないケースもある場合もあると考えられるのです。
新華僑二世は中国人の部分と日本人の部分を両方持っており、日本語と中国語、または中国の方言を自由に操り、「純粋日本人」「純粋中国人」では得ることが到底不可能なレベルで二つの国を客観視でき、両国の文化や価値観を持っているのです。
まとめ
本章では老華僑、新華僑についてその違いに着目しまとめました。
最後にもう一度箇条書きでまとめます。
【老華僑の特徴】
・1980年より前に来日した中国人
・同族、同郷関係を重要視する
・望郷の思いを強く抱き、死後は祖先の眠る故郷の地で眠りたいと望む(葉落帰根)
【新華僑の特徴】
・1980年以降に来日した中国人
・エリート、高学歴者が少なくない
・老華僑ほどは同族、同郷関係を重視しない
・「日本人であり、中国人でもある」という複合的なアイデンティティを持つ人がいる
華僑と呼ばれる人々にも世代によって多いな違いがあるとおわかりいただけたかと思います。